死の淵で暗い夢を見る。
剣の丘で、剣の墓場で、世界の地獄で――悲痛なまでに剣を振るう男の結末。
見果てた先、静かな納得と共に目が覚めていく。
十字の数だけ正義の心があったから、男は悲しいのだろう。
目が覚めると、俺は何故か遠坂さん家の天井を仰いでいた。
起き上がり周囲を確認。時計を見れば時刻は飯を作り終わってから十分ほど。
同じソファに座って安堵のため息をつく赤目の少女。角度的に膝枕をしてくれていたらしい。そいでちょっと離れた所に、正座させられているセイバーと思いっきり叱っている凛の姿。うん。なにこの状況よく分からないんですけど。
「良かった……気がつきましたかマスター」
ああ、という返事を聞いて同時に目をこちらに向ける赤い主従。
「……なんで生きてんのよ、アンタ」
「……なんで死んだことになってるんだ? つーか状況を教えてくれ」
何故か驚きの目をしている凛は、一度顔を手で洗ってからもう一つのソファに座る。
「――わたしも良くは分からない。全部知ってるのはコイツだけど、今はちょっとお仕置き中だからわたしが知ってる限りを話すわ。多分二人分で繋がると思うし」
英霊におしおきとか、ドクロベエさまもびっくりの度胸だなこいつ。そういえばセイバーはなんかやたら苦しそうな顔で正座しているし。
赤目の少女に一度目配せをする凛。どうぞという意味の目線が帰ってきてから俺へと向き直る。
「セイバーに言伝を頼んで、家に帰ってみたらそこの子と、セイバーが睨みあってた。敵襲かと思ったら士郎が死んでて、尋ねてみればその子は士郎のサーヴァントでセイバーが士郎を殺したって言うじゃない。仕方ないから剣を下げさせて、治療しようとしたんだけどどうみても助かる怪我じゃなくって。でもその子が『さっきよりは治っている』なんて言い出したのよ。それでよくよく見たら傷が治っていってるからもしやと思ったら、案の定こうして生き返ったわけ。んでセイバーに令呪使って理由吐かせようとしたんだけど、本気でコイツ記憶が戻ってないらしくて『見たら無性に殺したくなった』なんて言うのよ。仕方ないからああやって思い出すまで頑張らせてるわけ」
以上説明終わり。と実にあっさりと言い終わるのだが見逃せない点が二つ。
「令呪使ったって……バカ。んなことのために使うなよ」
見れば凛の手から一画失われている。うっわ本気で使いやがったのかコイツ。
「わたしの失態だもの。それに今後のことを思えば一つ縛っておくくらいで丁度良いわ。下手な場面で裏切られても困るし。こいつがじゃじゃ馬だってのは今日でよく分かった」
実に遠坂らしい言い訳だった。言い訳以外の何でもなかった。
「ええと……ああ、たしかライダーだっけ。コイツこんなに冷静じゃなくて、カっとなって令呪使ってたろ」
無言で真摯な目は肯定の意味でしかない。師匠の方は後付の理由を看破されて気まずそうな顔で他所を見ている。
「仕方ない。済んだことだ……ところでよ、俺もしかして致命傷だったのか?」
「はい。左右同時に肩口から切られ、心臓も肺も潰れていました」
遠坂に変わって代弁するのは自称俺のサーヴァント。
「……俺、魔術で治療する間もなく気絶したんですけど」
「わたしもそこは詳しく知りたいけど、肝心のアンタがその調子じゃね」
まずい。なんか遠坂の声に剣幕が含まれ始めている。
魔術師という連中は、どうも分からないことがあると無性に腹が立つらしい。きっと凛だけだと思うのだが、とにかくコイツは分からないことに対しては厳しく、容赦ない。記憶がないんだけど俺を殺したがる意味不明なヤツがいて、魔術も使わず死んだはずの重症から蘇る意味不明な弟子がいるのだ。きっと沸点ギリギリ。返答を誤れば、死ぬ。
「ライダーがとんでもない再生能力持ちで、召喚したのがきっかけで士郎にもそういう力が働いたっていうんならなんとか説明はつくけど……そもそもなんで召喚したのよ」
「そこのところは俺もよく分からない」
「そいつは私に殺される寸前、召喚の最後の韻を踏んだのだ。恐らくだが昨日の凛の召喚に立ち会ったことで、準備が済んでいたのだろう」
え、それマジかよ……いや、俺そういえば最後に何か喋ったけど、もしかしたら。
思いながらふと左手の甲にある文様に気がつく。サーヴァントを従え、聖杯戦争へ参加する資格を持った証でもある令呪だ。体内を探ればライダーとの繋がりも感知できる。どうやら召喚したのは本当のようだ……うわやべぇ、師匠の後ろで怒気が実体を持ち始めてる!
「勝手に話さないでくれる、セイバー」
「失敬。だがそいつが不完全ながら召喚を行ったのは事実だ」
ヤな感じに笑いつつ、凛の怒気に正座したまま距離をおくセイバー。
凛がそっちを睨んだまま戻ってこないので、横に座っているライダーに目を投げる。
「不完全……ね。どっか異常に感じるところは?」
「ええ、全てが異常です」
泣き出したくなった。不可抗力で召喚した上に失敗ときた。
「私は本来、セイバーとしての適正が強い英霊です。これは先にクラスが埋まってしまったため、やむなく空いていて適正の近い座に入れられたのだと思います」
ちなみにそこのセイバーにも当てはまると思います、と繋げるライダー。っていうことは既に他の英霊でアーチャーが召喚されているのだろうか。
「そしてライダーのクラスで召喚されたことを差し引いても……その、このステータスダウンは理不尽と言わざるを得ない」
すごく苦そうな顔で言う。ステータスというと、サーヴァントの能力を簡単に記号化したものだが、たしかマスターならそれを見る特権があるんだっけ。とライダーの能力値を覗いてみる……ふむふむ、こいつぁどう見ても。
「機動力はそこそこだけど、基本は宝具と運まかせの一発屋ってところだな」
俺の評価に愕然とうな垂れるライダー。宝具を複数持っているライダーのクラスの特徴はうまく掴んでいると思うが、やはり本来のセイバーと比較すると見劣りしてしまうようだ。それでも宝具だけはA++を維持しているのだから、なんとかなるだろう。
「それにです、私は本来このような容姿ではない。鎧は白銀で、目は翠緑のハズです」
「ふうん。姿まで変わっちまったってことか」
思い描きながらまじまじと見つめてみる。なるほど、そちらの方がよりこいつらしい気がする。可憐っつーか清楚だな。うん。
今は登場した時に着ていた漆黒の鎧はなく、その下の青い豪奢な服を露にしている。そして赤色の瞳でこちらのことを伺うので、それでと続きを促す。
「はい……これは推察にすぎないのですが、どうやら私にはペナルティが科せられているのかもしれません。姿の変貌はその影響が表に出た結果と考えればつじつまは合います」
「ペナルティって……まだ俺たちゃ何もしてないだろう」
「此度の聖杯戦争においては。私は前回、聖杯を破壊するという暴挙を行いました」
冷や汗をかいているセイバーと、睨み続けていた凛が一瞬でこちらへと向く。俺も驚いてライダーを見つめてしまう。だって、それってことはつまりコイツ、前回の覇者?
「聖杯を破壊って……何考えてるのよあなたの元マスターは」
「……私にも最後まで理解することは叶いませんでした。キリツグは結局、ほとんど言葉を交わしてくれませんでしたから」
――――は? 今なんつったオイ。
「ライダー……もしかしてお前の元マスターは衛宮切嗣か?」
「はい、そうですが。ご存知なのですか?」
「ご存知どころじゃねぇよ。最後を看取ったのは俺だ――切嗣とは義理だが親子関係だ」
今度はライダーが驚く番だった。
十分驚きを表現してから大きく目を見開いて、俺のことを観察し始める。
そして何か口を開こうとした直前、凛が先に質問を投げる。
「とにかく、あなたの元マスターは願いを叶えず、聖杯を破壊したことであなたがペナルティを受けて今回の聖杯戦争に召喚されてしまったってこと?」
「おそらくは」
「なるほど…それで周期が十年に縮まったわけね」
通常、聖杯戦争の周期は六十年とされている。
だから前回の第四次聖杯戦争が終わってから、本当は俺たちがよぼよぼのじいさんになるまで聖杯戦争はめぐってこないのだけれど、ライダーが前回に願いをかなえることなく聖杯を破壊してしまったため、余力が十分に余っていたようだ。それが周期短縮に繋がったと。ううむ、ありがたいやら迷惑やら。
「……まあ、召喚しちゃったものはしょうがないわ。士郎、あとで教会行くわよ」
「げっ――言峰んトコかよ」
「監督なんだから挨拶ぐらいの義理立てよ。アンタは元々頭数に入ってなかったんだし」
「いや、俺きっとライダーとつもる話があるから」
「後にしなさい。それに一人で行くより二人で行った方がお互いのためじゃない」
一理ある。一人ずつ行くよりは、二人で一緒に行くほうが余計な毒を食わなくて済む。
……ったく。ただでさえ面倒なのに、セイバーのせいで余計面倒なことになっちまったじゃないか。こんな戦い、やりたくもないってのに。
「じゃあこっちは誤魔化しが必要だから九時以降に迎えに来る」
またなと言って席を立ち、外へ出て行こうとする。
その後を音もなくついてくるライダー。そこで違和感に気がつき、振り返る。
「ライダー、霊体化してほしいんだけど」
「申し訳ありません。私は諸事情によって霊体化することができないのです」
「……じゃあ九時半に、現地でってことで」
返事は凛に向かって行う。ため息は否定じゃないと思うので、玄関にある凛の分のヘルメットを借りてライダーに投げた。
つづいた?